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【大分旅絵】第5回:宇佐市『宇佐神宮境内図』の展示が始まりました

 

昨年の夏からスタートした、大分県内の18市町村の風景を描いていく企画『大分旅絵』の第5回目の展示が始まりました。

『大分旅絵』の詳細ついてはこちら→

 

今回は、宇佐市にある『宇佐神宮』がテーマ。全国に4万を超える八幡宮の総本宮です。小野さんが初めて訪れたのは5年前、広島から国東に移住して間もない頃に遷宮の儀式を見学した時。小野さんにとって非常に思い出深い場所です。誰もが知る宇佐神宮を、皆さんもあらためて訪ねてみませんか。

 

 

〈小野さんの旅絵 紀行文〉

今回は宇佐市。絵の左上に書いてあるようにモチーフは宇佐神宮である。

宇佐に何がありますか?と問えばほとんどの人が宇佐神宮と答えるのではないだろうか。

全国に4万を超える八幡宮の総本宮なのだから大分の観光といば宇佐神宮といっても過言ではないだろう。 大分旅絵で第1作目『赤レンガ館』から始まって今回が5作目であるが、何となく有名過ぎるモチーフは避けて、珍しさや再発見的なモチーフを選んできた。 今回は一転して、誰もが知る宇佐神宮を選ばせてもらった。

 

実はこの図案はもう3年前に考えだしたもので、今回のために起こしたものではない。 それどころかポストカードにして僕のオンラインショップで販売しており、使い回しじゃないか!と言われればその通りである。 一つ言わせてもらえるならば図案として考えはしたが実際に型を彫り染めていなかったので良い機会が巡ってきたと思い、たちまち作品として染め上げた次第である。 しかしながら、図案が使い回しだったとしてもやはり染めて良かった。個人的にこの図案は気に入っていたので非常に満足している。

 

僕が宇佐神宮を初めて訪れたのは5年前、広島から国東に移住して間もない時だった。 74年ぶりの遷宮が行われるらしく、儀式のある夜に家族で見物に出かけた。 すっかり日が暮れ闇の中だったこともあり、辺りは非常に重々しく厳かな空気に包まれていたのを覚えている。 初めての宇佐神宮にして、幸運にも目にすることが出来た遷宮は、とても神秘的で威厳があって、どこか恐ろしくもあって何とも例えようがない。

 

引っ越したばかりの新人に、これが国東半島なのだと強烈な何かを見せられたようであった。 ああ、僕らはここに越してきたのだ、ここで暮らしていくのだと何か腹が決まったような不思議な気持ちで遷宮を眺めていたように思う。

 

冒頭からの軽い書き出しから急に重々しい展開になってしまったが、思い返してみれば非常に思い出深い場所なのである。

 

この『宇佐神宮境内図』を見返すたびに、移住当初の初々しい気持ちが蘇り、初心忘るべからずと宇佐神宮のカミサマに問いかけられているようだ。

 

2020年2月

 

これまで描かれた旅絵も是非ご覧ください。

第1回目:大分市『赤レンガ館』

第2回目:玖珠町『伐株山』

第3回目:佐伯市『雨の進水式』

第4回目:津久見市『追憶の工場群』

 

〈インスタグラムで情報発信しています〉

公式インスタグラムで小野さんによる旅の様子や絵画制作などを発信していきます。ぜひフォローしてみてください!→@oita_tabie

素朴でありながらモダン 小鹿田焼(おんたやき)の店頭販売をはじめました。

小鹿田焼(おんたやき)の陶工・坂本 創さんの器をOita Made Shop赤レンガ本店にて販売開始しました。

大分県日田市小鹿田は「民芸の聖地」とされ小鹿田焼の工芸技術・陶芸は「重要無形文化財」に指定されています。江戸時代から現代まで約300年の長きにわたり、家族で窯を守っています。現在は9軒の窯元が山あいで、器をつくられています。

 

小鹿田焼の歴史は、文禄・慶長の役後、九州に渡来した朝鮮半島出身の陶工による陶技が、福岡県小石原を経て大分県小鹿田皿山に導入され定着した事が始まりと考えられ、開窯は1705年と伝えられています。1931年に民芸運動の指導者柳宗悦の来山により、その伝統的技法と質素・雄勁な作調が賞揚され、1970年には国の「重要無形文化財」に指定されました。

 

 

坂本 創さんは1990年日田市小鹿田出身。幼少の頃から土に触れ合い、佐賀県有田工業高等学校卒業後、クラフト館・岩井窯の山本教行さんに師事。2010年に父の工(たくみ)さんの窯元に入り、現在、小鹿田焼の坂本工窯に陶工として従事しています。

 

2018年には、レクサスブランドが小山薫堂氏他をディレクターとして次代を担う若手の匠を発掘・サポートする「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」で大分県から選出されました。

「小鹿田焼でありながら、ひと目で私の作品と判る作品作りをこころがけています」という小鹿田焼の伝統をベースにしながらも、見るものに迫ってくる力強さを内に秘めており、日本の民芸焼の将来を担うひとりです。

 

こうした背景でつくられた、大分では手に取る機会の少ない創さんの作品を、ぜひ店頭にてお手にお取りください。

 

【大分旅絵】第4回:津久見市『追憶の工場群』が始まりました

昨年の夏からスタートした、大分県内の18市町村の風景を描いていく企画『大分旅絵』の第4回目が始まりました

 

・1回目:大分市『大分銀行赤レンガ館』

・2回目:玖珠町『伐株山』

・3回目:佐伯市『雨の進水式』

 

今回は、津久見市にある『セメント工場』がテーマ。

日本一の生産量を誇る、津久見市のセメント産業は、この街の基幹産業です。この土地ならではの工場の風景は、一方で、小野さんの故郷の原風景とも重なったそうです。自分の記憶と共に風景をみることも、また旅の醍醐味ですね。みなさんもぜひ訪ねてみてください。

 

〈小野さんの旅絵 紀行文〉
―――

前回の佐伯に訪れた際、佐伯入りする時に高速道路の津久見インターチェンジで降りた。料金所に差し掛かるあたりから、これぞ津久見と言った感じの津久見らしい風景が飛び込んでくるのである。津久見といえば日本一の生産量を誇る石灰鉱山ではないだろうか。

高速道路本線から料金所前ののぐるぐると周る高架を降りる辺りは、大スケールで削り取られた山々や砕石工場に囲まれまるで自分たちが砕石のようにベルトコンベアーで運ばれているようだ。
高速道路を降りてしばらくすると開けた土地に出た。遠くに高い煙突やら、長く突き出たパイプやら見えてくる。そして視界いっぱいに大きな工場群が出現し行く手を阻むように横たわる。先程の石灰鉱山も大迫力だったが、こちらの工場群にも圧倒された。

 

20代、広島に住んでいた頃、瀬戸内の海っぺりにひたすら続く工場群をよく見に行っていた。夜になると煙突や工場に灯る無数の明かりがとても綺麗で写真を撮って楽しんでいた。
いわゆる工場萌えというやつだろうか。あの頃は何もかもうまくいかない時期で憂さ晴らしに工場を撮っていたが、そんないつぞやの趣味が作品になり仕事となっていることに嬉しく思う。
悶々としながらシャッターを切っていたあの頃の自分に、人生何とかなるもんだと声を掛けたい。

2020年2月